DEVILMAN crybabyの牧村美樹は平和ボケの象徴

NetflixでDEVILMAN crybabyを見ました。BLAME!の劇場公開と同時にネット配信の時も便利だなと感心したけど、新作のアニメがいつでも好きな時に全話見れるのはすごい。毎週一話ずつ放送して、みんなでワイワイ言いながらワンクール楽しむのもそれはそれでアリなんだけど、空いた時間にパッと見れるのは今の時代に適した形だと思う。

DEVILMAN crybabyは漫画版デビルマンを基本的にはなぞりながらも現代的なアレンジを加え、湯浅政明監督ならではのデフォルメの効いたスタイルで描かれている。個人的に湯浅監督のアニメは質は高いと思うものの、好きか嫌いかで言えばあまり好きではない方。あとデビルマンはアニメ版のデビルマンレディーの雰囲気が一番好みである。

DEVILMAN crybabyの一話のサイケデリックでアダルト(ネット配信だからか恥部や性交が普通に描かれている)な演出に引き込まれたものの、二話以降は少しトーンダウンして、やっぱり合わないかなと思いつつ、もうちょっと見てみるかと思ったら中盤以降はまた引き込まれて、一気に見てしまった。

登場人物の設定は結構いじられているが若者にも受け入れやすいように変えられており、概ね良好なアレンジだと感じた。特に原作ではそこまで大きな役ではなかったミーコがDEVILMAN crybabyでは大きな役割を担っており、とても人間臭く、感情移入しやすいキャラになっている。今作から加わった陸上競技、想いのバトンリレーもミーコを軸にして回っており、その一連の流れは私の涙腺を破壊していった。

ただ、一点、腑に落ちない変更点があった。ヒロインである牧村美樹が原作と様変わりしており、こいつはまるでサイコパスだなと感じて、最後まで彼女に情を持つことができなかった。今作の彼女ときたらまるで聖母のような存在で汚らしい部分がまるでない。他の人間やデーモンが本性丸出しで争いを繰り広げているからこそ、彼女の異常性はより際立っている。なぜこんな現実味のないキャラにしたのだろうと見終わってから思ったのだが少し考えると実際、こういう人間は居て、なるほどなぁと納得がいった。

牧村美樹は極度の平和ボケなのだ。争いごとも言葉で解決できると思っている。目の前でナイフを握った人間がいても、拳銃を握った人間がいても、ミサイルが飛んできてもラブアンドピースできると思っているのだ。いや、実際は飛んできたら結局は逃げ惑ったけれど。

デビルマンの明が魔女狩りを一時的に止めさせられたのは明がデーモンだからである。強大な力、抑止力を持っていたからだ。いじめられっ子や弱者がいくら仲良し小好しを叫んだところでどうしようもなく、もし人間状態の明が「人間同士で戦うのは止めよう」と言っても石を投げられ、魔女狩りされておしまいだろう。強い力を持ったガキ大将のような存在、すなわちデビルマンだったから事態を収拾できただけなのだ。

そう考えると牧村美樹の現実を見ていない気持ちの悪いキャラクター設定はうまーくバランス取りする為だったのだなと合点が行く。ただ、全話10話はやっぱり詰め込みすぎかなという印象も否定はできず、あと数話あればよりキャラクターを深く描けたのかなという感じもする。短いから一気見するのには向いているのだが。

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