機械やコンピューターを用いて作り出した仮想体験のことをヴァーチャルリアリティ(人工現実感)と呼ぶ。ヴァーチャルリアリティに必要なのは仮想世界(Virtual world)、反応感(Sensory feedback)、没入感(Immersion)、対話性(Interactivity)とされ、これを持ち合わせた媒体は人工的な現実感を作り出せるという。
撮影監督のモートン・ハイリグはカメラで様々な風景を撮影し、それを合成。その合成風景に合わせて、風が吹いたり、臭いが漂ってきたり、雑音が聞こえてきたり、振動したりする装置「センソラマ」を1960年代に開発する。嗅覚、視覚、聴覚、触覚を通じて得られる体験は、あたかも実際に体験しているような現実感を実現させたという。最終的にモートン・ハイリグはセンソラマの手法を用いて「体験型の映画」の開発を目指していたが、資金的理由により断念を余儀なくされる。
コンピューターの技術が発達するにつれ、様々な表現方法が可能となり、説得力のある仮想世界を作り出せるようになってきた。マルチメディアという言葉がもてはやされ、アーティストたちが新たな表現方法を模索していた時代。動かすことが可能な映画「インタラクティブムービー」が生まれた。GADGET – Past as Future – はそんな時代に生まれた作品の一つである。
GADGETには二つのバージョンがある。GADGETスタンダード版とGADGET完全版の二つだ。GADGETスタンダード版は256色ムービー&グレースケールのグラフィックと8ビットサウンドで作られており、GADGET完全版はハイカラーのムービー&グラフィックと16ビットサウンドで新規CGを追加して作り直されている。購入の際はバージョンに注意願いたい。GADGETの精緻な映像を存分に楽しめるのは完全版の方だ。
操作方法はMystのような旧来のアドベンチャーゲームの手法が採用されている。プリレンダリングされたCGをクリックし、画面を切り替えながら進んでいく。その合間にムービーが挿入されるのだが、本作ではムービーの割合がかなり高い。
パズル要素はほとんどなく、直感的にクリックしていけばどんどん先へ進む。他のアドベンチャーゲームのような頭を悩ます場面や詰まる要素は皆無といっていい。これは本作の狙いがパズルゲーム的な面白さよりも、仮想世界を体験することに集約しているからなのだろう。それゆえ、ゲームを遊ぶというよりは、映画のページを一枚一枚めくっていく感覚に近い。
映像表現は抽象的、展開は支離滅裂で物語は難解を極める。ストーリーの進行は、主人公が流線型の蒸気機関車に乗って施設や街を巡り、科学者や乗客から情報を収集し、GADGETと呼ばれる機械装置を集めていく流れとなっている。あらゆる場所に情報が散りばめられており、プレイヤーはそれらに触れながら、この世界の謎に迫っていくのだ。
しかしながら、前述したように、謎や疑問は作品中では明確にされない。意味深なまま終わってしまうのだ。
ウエストエンドホテルの306号室にいた主人公は何者なのか。その主人公に指令を与えるスロースロップの正体、そして彼の真意とは。主人公の行く先々に現れる少年は何を伝えたいのか。独裁者オロフスキーの目的とは。科学者の話が正しいのか、それとも乗客のいうように科学者はただのほらふき集団なのか。本当に彗星は地球に衝突するのか、そもそもそんな彗星が存在するのか。医療機器として開発されたセンソラマは洗脳装置なのか、それとも他の作用を持つのか。センソラマの動力源である鉱石の効力とは。The Arkは何を齎すのか。どこまでが現実、どこからが幻想。これは過去の話か、それとも未来。または記憶か、妄想なのか。
線引きが曖昧で解釈は体験者に委ねられる。作品中のエンディングは一つだが、解釈の仕方でいくつもエンディングを生み出せる作りになっている。本作はある意味マルチエンディング的な作品なのかもしれない。
では、それに従って、作者の手のひらの上で泳がされてみようか。
疑問1.主人公の正体とは
・センソラマ(洗脳装置)によって洗脳教育中のレジスタンス。洗脳エンドレスサマーを受けている状態。
・プレイヤーそのもの。GADGETという作品がセンソラマ(仮想現実体験装置)の役割をしている。
・センソラマ(精神世界)に生まれた意識。
・記憶も名前も無い人。ゴードンフリーマン的立ち位置。
疑問2.スロースロップの正体とは
・オロフスキーの部下。政府側の人間。
・政府と科学者のどちらにも属さない組織の人間。Gマン的立ち位置。
・情報統合思念体(宇宙人)。
疑問3.少年の正体とは
・主人公の自意識の表れ。主人公がセンソラマ(洗脳装置)に洗脳されないように正しい道へと誘っている。
・科学者の息子。現実世界では死亡しており、センソラマ(仮想現実)の中で意識として生きている。
疑問4.科学者の正体とは
・彗星の話は真実。政府の隠蔽工作に反抗するレジスタンス。
・センソラマによって精神に異常をきたしたサイコパス集団。
疑問5.彗星は存在するのか
・存在する。科学者の話は真実で、近いうちに地球と衝突し、地球は消滅する。
・存在しない。科学者たちはホラ吹き。
・彗星は現実世界消滅=肉体放棄の暗示。
疑問6.センソラマとは
・仮想現実体験装置。使用し過ぎると、現実と妄想の区別がつかなくなる。
・過去の記憶を呼び覚ます装置。GADGETの物語は誰かの記憶の集合。
・過去や未来を体験できる装置。
・意識を保存する装置。
・精神世界を構築するための装置。彗星によって地球が壊滅するため、精神だけの世界を構築する必要があった。
・洗脳装置。もともとは神経症のための医療機器であったが、その作用にオロフスキーが目をつけ、洗脳に悪用している。
疑問7.The Arkの正体とは
・肉体を放棄し、精神世界への旅立ちの暗示。
・宇宙船。彗星によって消滅目前の地球から脱出するための箱舟。
疑問8.乗客の正体とは
・主人公(レジスタンス)の意識の断片。だから洗脳された意識、自我崩壊した意識、反抗している意識がいる。
・センソラマ(洗脳装置)の被験者。洗脳は成功せず、全員が自我崩壊を迎えている。
・センソラマ(意識保存装置)を利用した科学者たちの意識が入り混じって生まれた別人格。
このように様々な仮説を立てることはできるが、どれも憶測に過ぎない。
しかし、別にそれでいいのだ。作者の頭の中には答えがはっきりと用意されているのかもしれないが、作品中では明確にされていないのだから。本作が米国で絶賛された理由は斬新な造形の機器や奇妙なアートワークの数々、トランス状態へと誘うインダストリアル系の心地良いサウンド、プリレンダリングながら空間の広がりを感じさせる仮想世界はもちろんのこと、想像力をかきたてる物語や世界観にあったのだと思う。
本作の残念なところはインターネットが普及していない時代にリリースされてしまったことだろう。現在のようにインターネットが普及していれば、各体験者の様々な考察を楽しめたかもしれない。
まとめ
本作はインスピレーションを刺激されたい人、神秘的で不思議な体験を味わいたい人、作者の手のひらで泳がされながら考察したい人、ヘンテコな仮想世界を旅したい人、マインドファックされたい人におすすめしたい。他では味わえないような一風変わった体験ができるだろう。
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