FPS UnKnown


Prey


ボクは退屈な日常に不満を抱いていた。
代わり映えのしない毎日、人は何の為に生き、そして死んでいくのか。
辛い事だらけの世界で生きていく意味なんてあるのだろうか。

いっそのこそ世界が360度ガラッと姿を変えればいいのに…なんて思っていた。
本当はそんな事、思っていないのに。きっと甘えだったんだ。

住み慣れた街から強制的に別離され、超人的な力を目の前にした時、初めて悟る。
生きていくとはこういうことなのだと。

大切な人と交わした約束を守れずに涙を飲んだ夜もあった。
次々と襲う試練、度重なる仲間の犠牲を乗り越え、そして見つける、たったひとつの答え。
守るものができ、明日を見つめはじめたボクにとって怖いものはもう何も無い。


□Prey 足掛け約10年に及ぶ難産の末に

 98年E3から。主人公Talon Brave。
 現在のコンセプトはこの時点で固まっている。 
当初PreyはApogee Softwareから3Dゲーム専用のブランドとして独立した3D RealmsのDuke3D、Shadow Warriorに続く三作目のソフトになるはずであった。

遡ることApogee Software時代、初FPS作品としてRise of the Triadを発表するが、Wolfenstein 3Dと代わり映えしない内容から『Wolf 3Dクローン』のひとつに分類され、成功したとは言い難い結果に終わり辛酸を舐める。(もともと、Rise of the TriadはWolf 3Dのアドオン・続編的な位置づけで開発が進められていたのを途中で軌道修正した為、致し方ない部分もある)

それから3D Realmsとして独立し、処女作Duke Nukem 3Dを発表。
破天荒で趣向を凝らしたレベルデザインが受け、『あのDoomを超えた!』と評される程に人気を掴み、成功を収める。2DアクションゲームであったDuke1、Duke2のファンをうまく引き込んだのも成功の一因だろう。

しかし、その評判もid SoftwareのQuakeの登場により、はや数ヶ月後で過去のものとなる。ラブ・クラフトを意識したとされる深淵でダークな世界観 (ジョン・ロメロ氏によると)、心地良いシューティング感、バランスの取れたマルチプレイ、何よりこれまで2.5D的なグラフィックのFPSをフルポリゴンで描画した世界に当時のユーザーが惹きこまれるのは必然であった。

Duke3Dが発売された頃から開発が開始されたPreyはQuakeの対抗馬として期待されていた。「3D Realmsならid Softwareをきっと超えてくれる!」という信頼感が背景としてあった。リアルタイムに『ポータル』と呼ばれる次元の隙間を作り、それを使って敵を欺いて戦ったり、パズルを解いていくという発想は 「さすが3D Realms」と賞賛を受ける。
しかし、予定していたポータルの再現は困難を極め、開発は一向に進まない。次第に主要な開発者が退社していき、ますます開発は難しくなってくる。結果として、ポータルのシステムは完成を見ず 、「たとえシステムが完成出来たとしても、破綻の無い整合性の取れたレベルデザインの作成は容易ではない」とPreyのプロジェクトは凍結を余儀なくされる。その時、当時の開発者は 「ポータルのシステムはパズルのトリックだけに留めるべきだった」と述べている。

Duke Nukem Foreverと同じく、彼ら3D Realmsの妥協を許さない完璧主義的なスタンスがPreyでも働いてしまったのだろう。他社ならある程度は妥協するところでも、3D Realmsは頑として突き通す。ある意味では、その意固地な職人肌がユーザーに魅力を抱かせているのかもしれない。Buildエンジンの当時はKen Silvermanという天才が居たお陰で、アイデアをうまく実現させていたが、今回はそうもいかなかった。近年、ディレクションの立場を取っている事からも伺えるが、3D Realmsは優れたゲームデザインやアイデアの発想を実現するための開発力を不運な事に持ち合わせていない印象を受ける。

それから数年後、DOOM3エンジンのライセンスを取得し、3D Realmsが監修の立場になり、実質の開発をHuman Head Studiosに任せ、新生Preyのプロジェクトは再スタートする。ゲームデザイン、ストーリーラインの基本的な部分は過去とほぼ変わらずに開発は進められ、2005年にようやく一般の前にも情報が公開され始めた。 ただし、ポータルの仕様に関しては見直されている。

そして、10年近い歳月を経た2006年の7月に発売。発売前はDOOM3のMODと言われていた節があったが、3D Realmsらしい個性的な部分が光り、オールドライクなゲーム性が逆に受けて、高評価を収めているようだ。当初はダウンロードサービスのTritonに対応していたが、Tritonが経営不振で解体された後は、Steamが引き継いでいる。パッケージよりも安価で手に入るので、オススメかもしれない。

なお、Prey2となる続編の開発が予定されている。3D RealmsのCEOによると、DOOM3エンジンで作り直したPreyが実質5年近い歳月を要した事からも分かる様に、日に日に進歩していく技術を一つのスタジオだけで対応しようとするのはもはや困難な為、4~6程の複数のスタジオと進めていく分業スタイルを取るようだ。それぞれのスタジオには3D Realmsからクオリティマネージャーが派遣され、バラつきの無いように連絡を常にとり合い整合性を保つとされている。

蛇足として…。当初のライバルであったQuakeと比べると、歴然とした差は否めない。Quakeというよりも、更に大幅に遅刻してきたCHASM:THE RIFTと称した方が言いえて妙かもしれない。確かに、開発が座礁に乗り上げた98年頃にパズル部分だけでもポータルのシステムを活かしたPreyが登場していれば、系譜に残る一作になったかもしれないと感慨する。もう今となっては何もかも遅い。

しかし、あれだけ紆余曲折ありながらも発売に漕ぎ着けた意思は評価したい。
「遅くなったけど、おめでとうPrey」

装い新たに帰ってきた。それだけで十分。


□犠牲(Prey)が紡ぐ普遍的な英雄神話―主人公トミーの成長劇

 英雄の軌跡 ジョセフ・キャンベル

チェロキー一族の一人として暮らしている若き青年トミーは古臭い習慣や現状に不満を持っていた。憧れの都会の生活に夢を抱いた彼は、恋人のジェンと共に上京する事を願う。しかし、生まれた地やチェロキーとして誇りを感じているジェンはそれに反対。彼女の願いはトミーとこの地で暮らせれば、それだけで幸せだと思っているからだ。トミーの祖父エニシも、一族としての誇りを持ち、この地で根付く事が大切なのだと、トミーを諭そうとする。周囲の理解が得られないトミーは苛立ちを隠せない。

エニ=ワヤ(狼)達の遠吠えが響き渡り、激しい嵐が訪れた夜。ジェンのバーで、一時を過ごしていると、タチの悪い酔っ払いがジェンに絡み始めた。トミーは怒りに任せ、遂には殴り殺してしまう。取り返しのつかない事をしてしまったと焦燥するトミー。その直後、緑色の光がバーを包み込み、宇宙船の様な巨大な物体が姿を現し、物凄い勢いで 周りを吸い込み始めた。光に包まれたトミー達が目を覚ました先は、吸い込まれた物体内。機械に拘束され、ベルトコンベアで運ばれていく途中、トミーの拘束機だけが壊れ、自由の身となる。なんとかして、ジェンを助け、ここから脱出しなくてはならない。波乱に満ちた英雄への旅立ち―。

Preyもまた律儀に幾千の英雄達のプロセスを踏んでいる。チェロキーの血や土地を嫌っていたトミーが、得体の知れない構造物の餌食(Prey)にされ、生まれ育った地から離れる。周りの人々を巻き込み、臨死を経験した後に超人的な力を得た彼はアイデンティティを自覚し始め、愛する物や人を救う為に、自己の犠牲(Prey)を躊躇うことなく危険な試練に立ち向かっていこうとする―。

日常に疑問を覚える怠惰な主人公が、刻々と変化する周りの状況から徐々に自覚し、やがて奮起し始める。外見こそ違えど、根底に流れるものは普遍的で同一の顕現。文化や環境が180度異なっても、英雄が取るべき答えは集約される。形而上必然の英雄達の精神構造。Preyは神話学者ジョセフ・キャンベルの書「The Hero's Journey(英雄の軌跡)」や「The Hero with a Thousand Faces(千の顔を持つ英雄)」を参考にしたようだ。 本書は過去の英雄神話の主人公達を実際に例に挙げながら分かり易く解説している。物語の主役に主眼を置いて神話を紐解いた見解は納得できる部分も多く、なにより彼の雄弁な語り口は読んでいて純粋に楽しい書である。(キャンベルに感銘を受けたジョージ・ルーカスが英雄神話の定石に基き、Star Warsを創ったのは有名な話)。暇があったら、手に取ってみて欲しい。もしかしたらPreyのシナリオの新しい側面が垣間見られるかもしれない。

PreyはFPSという媒体において、かなり理想的なカタチで神話体系を再現している。かくいう私もプレイ中に、これまでの幾多の英雄達の記憶が呼び起こされ、様々なものが喚起させられた。 これについては3D Realms及びHuman Head Studiosを素直に褒めてあげたい。
まるで英雄への成長を追体験しているように、主人公への感情移入(成りきり)を違和感を抱かせる事なく、劇場型主人公を一人称で体現した点がとても優れている 。カットシーンは一切ないが、3D Realmsらしく主人公のトミーが、プレイヤーの意思を継ぐ様に状況に応じてよく喋る。後半の展開において、トミーと同じく「クソエイリアンめ、fu○k、f○ck!」と同調した部分もあり、 感心されられた。

もう少し導入部分を綿密に描いて欲しかった面もあるが、一度トミーにシンクロ出来れば、程好い間隔の演出によって、最後まで感情移入は永続するだろう。素直にプレイヤーを物語へのめり込ませる配慮がなされ、しっかり英雄神話に基いた展開はFPSのシナリオとして見れば、割と満足できる範疇に収まっている。ただし、設定は表層を舐めただけで、細部まで明らかにされていないし、ラストは次作へ続くというカタチで終わっており、不満が残る部分もある。
当初の予定であった英雄の成長劇の表現は概ね成功していると言えるので、開発中のPrey2では世界観の構築を更に練って欲しいと願っておこう。Preyはスターウォーズに例えるなら、 「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」。Preyの神話は始まったばかりだ。

神話の始まりは突然に。 一族だけの絶対領域。

□一風変わったレベルデザイン

いわくつきのポータルの他、重力変化、シャトル、スピリットウォークなど一風変わったシステムが導入されており、独特なプレイ感覚を与えている。視点が常に上下左右に変化していくので、酔い易い人には辛い部分もあるかもしれない。
これらのシステムの多くは、パズル・アドベンチャー部分に使用され、シューティング部分に活かす場面はさほど無い。唯一、幽体離脱して隠された道などを通る事が出来るスピリットウォークの状態の時だけは、敵に見つからない様になっており(弓で攻撃すると発見される)、スニーキングを展開出来る。
肝心のポータルは敵が出現する時や、ワープする時だけに限定的に使用され、当初予定されていた「どこにでもポータルを作れるシステム」は排除されている。技術が進歩した今を以ってしても、 プレイヤーがリアルタイムにポータルを生成するシステムを実現するのは、整合性を取る面で難しいと判断したのだろう。3D Realmsにしては、よく妥協した。

DOOM3エンジンお得意のディティール表現はPreyでも堪能できる。テクスチャの解像度はバラつきを感じられない様にクオリティコントロールされており、細かい所まで描かれている。オープンな開けた場所もあり、DOOM3エンジンでも、こんな広大な地形を描画できるのかと驚かされるだろう。
エフェクトやライティングは華やかで、メタリックなレベルデザインを引き立てるのに一役買っている。メタリックな構造物と、エログロな得体のしれない有機物の融合は嫌悪感を不思議と抱かせず、単純にアートとして美しいと感じるが、スフィアに寄生する生態系の生活観などを表現するには至っていないのは残念な点。エイリアン達にも、スフィア内に拠点にしている場所はあるはずなので、そういった部分も描いて欲しかった。彼らは何を食して生活し、行動しているのか…そういう部分を描く事もゲーム世界を構築する上で大切だと思うのだ。

三半規管が弱い方には辛いかも。 隠された道をスピリットウォークで発見。

□オールドライクなゲーム性

シューティングはオールドライクなゲーム性を今風に再現したと言える内容。武器のデザインは奇抜だが、性能は至って普通でマシンガン、ショットガン、ロケラン、グレネード…隆盛を極めた頃の実直なラインナップ。敵のタイプもきちんと区別化されており、対処を考えるの が楽しい。純粋にシューティングに打ち込む事ができ、オールドスクールな懐かしさが込み上げてきた。ただし、どちらかというとアドベンチャー要素を重視している様で、戦闘密度は 比較的薄く感じる。敵がポータルから出オチのように数匹現れる場面が続き、盛り上がりに欠けるのだ。後半は激化していくが、もう少し序盤・中盤でも山が欲しかったところだ。

実質ゲームオーバーが存在しないデスウォークを導入していて、これはヘルスが無くなれば煉獄へ移動し、赤(ヘルス)と青(スピリット)の鳥を撃ち落とし、体力が回復した状態で元の場所へと蘇る事が可能なシステム。クイックセーブの煩わしさを無くし、誰にでもクリアできるように考慮したシステムとのことだが、FPSを好んでプレイする人にとってはズルをしている様な背徳感を孕んでしまっている。煉獄へ移動した時点で、戦闘の緊張感 や興奮は台無しにされてしまう。「どうせゲームオーバーは無いから、何回でも死んでもいいや」的な現代の若者を象徴するかの様な短絡的な思考が脳裏を過ぎる。そんなのはイケナイ!

確かに開発者の言い分は理解出来るが、難所をどうやって切り抜けるかを考え、クリアできた時の快感もアクションゲームにとっては重要な要素だと私は感じる。それならばリアルタイムに難易度をプレイヤーが調整できたり、ヘルスの概念をHaloやCall of Duty2タイプに変更してバランスを取った方が良かっただろう。デスウォークはアクション操作をミスして奈落の底へ落下して死んだ時だけで、シューティング面にまで適用して欲しくなかったのが本音である。

凝ったディティールの構造物にうっとり。 酸ショットガン。一撃が感じ取りにくい。
頭空っぽで敵と興じるサバイバル。これぞ古典。 問題ありのデスウォーク。

□若葉マークから、紅葉マークプレイヤーまで

英雄神話に基づいた感情移入力が強いシナリオ、重力変化の一風変わったパズル要素はFPSに食傷気味のプレイヤーにオススメしたい。DOSゲー時代の様なゲーム性はきっと懐かしく感じられるはず。難易度は低めに抑えられているので、これからFPSを始める人にとっても最適な一本だろう。

プレイ時間は近年短小傾向にあるFPSの中でも特に短く、私の場合は初回プレイ6時間(二回目5時間)で終わらせてしまったので、フルプライスから考えるとコストパフォーマンスは悪く感じられる。ただ、 レベルデザインはかなり丁寧に作り込まれており、体感的なボリュームは満足できる範疇に収まっている。

98年E3で見た、あのポータルの姿に咽び泣いた夜もありました ジュークボックスからJudas Priest。こういうお遊びも3D Realms。Pain!Pain!Killer!Killer♪

□Link
Prey
3D Realms
Human Head Studios

2007.3.4 記

FPS UnKnown