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No One Lives Forever (2001-Monolith Production)

ストーリーとシューティング。いまやファーストパーソンシューティングにとって必要不可欠となった二大インフラストラクチャーである。その内のどちらか片方であれば満たす作品は手に余るほど存在すると言っても過言ではないが、Monolith Productionのように両方の要素をうまく料理するメーカーはそうはない。その類稀な優れたセンスには感嘆を禁じえないばかりだ。口触りが良くて、深い味わいを持つ絶妙な均衡で成り立っている彼らの作品は、受け取ったユーザーの我々を心地良い至福の境地へと誘ってくれる。賛辞で埋め尽くされたMonolithの成功の軌跡を眺めれば、もしくは作品を手にとってもらえれば、その手腕の巧みさは誰の目にも明白であろう。彼らは一流の表現者であり、道化師である。

主観視点で行うシューティングゲーム「FPS-ファーストパーソンシューティング」。Wolfenstein 3D(1992-id Software)で萌芽が芽生え、Doom(1994-id Software)によって華開いたこのジャンルは、腹を空かせ新しい素材を求めていたシューティングゲームファンによって瞬く間に広がり、国境の垣根を軽く越え、多くのファンの獲得に成功する。そこに存在するのはリアルな3D空間から生み出される臨場感と銃撃による快感の連鎖。Doomを夢中で貪り続けた人々は、やがて渇望を迎え、id Softwareに続けとばかりに新しい種を育み始める。理想のFPS像を求めて二匹目のドジョウを狙うが如く、品種改良が施され、多くの亜種が誕生するものの、一見してDoomの枠を超えるものは登場しなかった。日の目を見たのは何れも酷似した二重螺旋を持つクローンや近親相姦の成れの果て。親の背中は斯くも山の如し、寓話のようにそう易々とアヒルから白鳥が生まれはしないし、人間を夢見る人形は精々鼻が伸びるのがオチである。

id Softwareはその後、Quake(1996)、Quake2(1997)を発表し、FPSの礎を着実に築いていく。その度に新たなFPS層を開拓し、市場が更に熱を帯びたのは言うまでもない。idがワンマンに揮った唯一無二の土壌も、負けじとばかりに徐々に力を付け始めたメーカーによって、ようやく攪拌を迎え始めた。客観的に見て名を挙げるとするならば、Unreal(1998-Epic Games)やHalf-Life(1998-Valve Software)が該当するであろう。彼らはid Softwareが掲げたFPSの手法に沿って、はっきりと明確な姿が確認できない深遠なエンターテインメントの未開の森林を切り拓くべく立ち上がった探求者達である。idの中の蛙の如く、初めて目にした太陽光に眼を眩ませながらも着実とした歩みは、微弱だが確実にFPSを豊かなものへと変えていく。そして熱狂的なファンを生み出し、もはやFPSはシューティングゲームの檻から離れ、RPGやアクションゲームに匹敵するいちジャンルへと変貌を遂げ、一人歩きを始めるまでになった。角を見ればカッティングパイしたり、物陰から物陰へ素早く移動するなど、一見して奇異な行動を取るFPS症候群の患者が現れだしたのもこの頃である。

それからFPSはシューティング要素のみならず、シナリオや演出にも本格的に力を入れ始める。これらを磨き上げればゲームへの没入を更に促進させると踏んだからだ。ゲームに対する没入度が上がり、プレイヤーが夢中になるのを促せばシューティングの楽しさもそれに比例すると。しかしながら、名高い大作が語るのは十中八九「人並み外れた力を持つ主人公が外的生命体と戦う」という常套的なSci-Fiばかりであり、市場にはコピーが蔓延する。使い古し過ぎたテープは伸びきってしまい、鮮明な映像も既に色褪せてしまったが氾濫の洪水を誰も止めようとはしなかった。部屋に漂う退屈な腐臭にいつしか慣れてしまった人達は換気を忘れ、空気を換えようとすることさえ諦めてしまっていたのだ。FPSはシューティングとしての可能性を押し広げることが叶ったが、ことシナリオ面においては未だDoomの枷から逃れる方法が見当たらない事態であった。メディアというものはいつの日にも停滞を迎えるものである。それはあらゆるメディアで繰り返されてきた普遍的な命題であり、永遠に付き纏う問題。前を見ずに、いつまでも残滓と添い遂げようとする者には愚者の烙印しか残されてはいない。偉大な父Doomに突き落とされた崖から這い上がれたのなら、次は生活していく術を身につけなくてはならない。腹を空かせたままではいつか餓死してしまう。身を委ねていた風の流れが止まり、翼が傷付いてしまったら、地に足を着けて自ら歩み出す必要性がある。そこで変革の境目に立たされたことに気付き、幾重に繋がれた怨嗟を断ち切ることが出来た賢者だけが次なる新世代への階段を昇ることを許されるのだ。

そんな中、MonolithがLithtech Engineを引っ提げて登場したNo One Lives Foreverは指を舐めて待っていた我々に正しい指標を表した。彼らが表現したビジョンは古く懐かしい60年代のスパイ映画の情景―パロディーであり、オマージュである。口紅型爆弾、コロン型催眠スプレー、バレッタ型ピッキングツール、カメラ付サングラスなど…豊富な種類のハイテクスパイガジェットからはスパイ映画に対する愛情が溢れ出している。Monolithは比類なきユーモアに満ちた世界を作り出し、サイケデリックなスーツに身を包んだ、キュートでシニカルでスタイリッシュなスーパーヒロイン・ケイトアーチャーの活躍を描き出した。一癖も二癖もある個性の立った登場人物たちが織り成す寸劇はFPSの新時代の幕開けを告げ、清涼で新鮮な空気を我々に与えてくれる。FPSは再び息を取り返し、呼吸を始めた。
まるでオースティンパワーズ(1997)を彷彿とさせるおバカをマジメに演じる清々しさがそこにはあり、カットシーンを用いて、小まめに張られた伏線が解けていく定石のエンディングはプレイヤーに痛快な感銘を与えてくれる。Monolithは先駆に立って「血みどろが必然のFPSでも、こういうものを作っていいんだよ」と優しく諭し、語りかけた。FPSは長い祈りの果てにエイリアンと海兵隊の歴史が繰り広げた軛から解き放れ、自由の身となった。Doomはようやく終焉を迎え、安心して眠りにつくことが許されたのだ。

本作の主人公ケイト・アーチャーさん。少しキツめの狐顔と英国訛りが素敵です。 スコットランドの伝統服キルトに身を包んだアームストロング。パンツはやっぱり履いてないんですか?
ステレオタイプを地で行く音痴なオペラ歌手インゲ・ワーグナー。エーデルワイ、エーデルワイス…。 現場にスイレンの華を手向けるナルキッソスな暗殺者ヴォルコフ。唯一のシリアス担当?

海から山から、果てには宇宙まで!主人公ケイト・アーチャーの奮闘は地球を跨ぎ、一周する。揺ぎないクオリティを保った膨大なロケーションを組み合わせたことで、重箱弁当的なお得な満腹感を得ることが出来る。「次はどんなミッションが待っているのだろう!」とワクワク心を躍らせて、ゲームの中断を許してはくれない。次が見たいけど、終わらせるのはもったいないし…そんな嬉しい贅沢な悩みに頭を悩ませられることだろう。スパイらしい多彩で華やかなミッションのオンパレードに、きっと一瞬たりとも眼を離すことが出来ないまま、クリアを迎えてしまうはずだ。

もちろんシナリオばかりでなく、シューティングとしても非常に遊び応えのあるものに仕上がっている。基本はスニーキングを心掛けた方が楽に進めるものの、バリバリアサルトプレイをしても進めなくもない高等なバランス取りによって、ある程度プレイヤーに遊び方を委ねており、押し付けがましさを感じさせない。「これも出来なくもないが、今はこうした方が良さそうだ」と自然にプレイヤーを回答へと導く、気配りに長けた道案内や配慮が至るところで散見される。その手並みの鮮やかさはまるでプレイヤーが望んでいるツボを知り尽くしているかのようだ。そこに到達するまでにはきっと血の滲むような隠された努力があったに違いない。
何より特筆すべきなのは彼らご自慢の状況判断に優れた高度なAIであろう。物音がしたら警戒を始め、死体を見つけたら脈を取り、危なくなったら逃走し、物陰に隠れながら攻撃するなど、今の時代でも十分に通用する完成度の高さを感じられ、銃撃戦の駆け引きを純度を増して面白くさせる。MonolithはAIのポテンシャルを十分に弁えた上で、AIに無理をさせないような(粗が目立たないような)レベルデザインを心掛けている。それにより、AIの優秀さや魅力を大きく引き上げて伝えることに成功した。小賢しいAIとの駆け引きから生まれる緊張→弛緩の循環は理性をクラッシュさせ、神経へカタルシスの恒星を降り注ぐ。神経細胞を過敏に刺激された我々は一種の陶酔状態に似た甘美な快感の悦楽へと浸らせてくれる。プレイヤーに与えたこれらの奇跡は的確な解説力や表現力を持っていたMonolithだからこそ成し得た功績である。映像にしても、文章にしても、観客をうまく騙し欺く者こそ一流のパフォーマーなのだ。

他のメーカーは出来もしない無茶なことをAIに課し、それゆえにフラストレーションが溜まることも往々にしてある。例えば他のFPSで、重要な任務を担っているにも関わらず、言う事を聞かないサイドキックの愚行にうんざりさせられた人もいるかもしれない。小さな子供に言う事を言っても聞かないのは当たり前。時には何が出来て、出来ないかを見極め、出来ないのであればバッサリ切り捨てる勢いの良さが必要となる。Monolithはしっかり知的欠陥を見極めたことで勝利を掴み取ったのだ。英断した彼らは、舌の肥えた人々からも多大なコンセンサスを得て、祝杯の雨を受け、絶賛の嵐に巻き込まれることになったのは諸兄の耳にも及んでいるだろう。皆が怖がっていた未開の地へと勇み足で漕ぎ出し、見事に新たな文明を発見した時代の寵児を誰が批判なぞできようものか。

さようなら地球。デンジャー、デンジャーです。 カウントゼロで飛行機墜落。早く逃げてー!
海中散策は好きですか? 阿鼻叫喚と化した列車内。もう誰も止められない!

ユーモア溢れる痛快なシナリオ、知的なAIとの銃撃戦、色鮮やかで豊富なロケーション。最高級のものを取り揃えた屈指の逸品NOLF。繊細で洗練された、舌が解け落ちる程のこの絶品を未だプレイしたことがないという方は今すぐにでも遊ぶべきである。忘れかけていたFPSの良さを思い起こし、きっと忘れ難い作品の一つとなるであろう。初めてケイト・アーチャーの活躍を体験する貴方を私はとても羨ましく思う。出来れば今からでも記憶を消して、一からプレイしなおしたいくらいだ。良質な作品は何度味わっても味わい深いものがあるが、やはり初めて体験する時が一番美味に感じられる。叶うことなら…初めてNOLFをプレイした、見るもの全てに目を輝かせていた純真無垢なあの頃へと還りたい。

No One Lives Foreverは絶え間なく紡がれるFPSの系譜の中で渾然と輝き続けるだろう。
“永久に生きることは叶わない”のが自然の摂理だとしても、NOLFはこれからもきっと我々の心の中で永遠に生き続ける。
この作品を世に生み出してくれたMonolith Productionに感謝の意を込めて“ありがとう”と伝えたい。

空手も心得ているケイト・アーチャーさん。 ちょっち操作性が悪いけど、風を切るのが最高なんだぜ?
ハイテク七つ道具。ライター型バーナー。 優秀なスパイにヘリも慄く今日この頃。
ちぃーす、お疲れさまっす。 ゴロゴロゴロと大仰に。一流の役者さん。

□Link
No One Lives Forever
NOLF GIRL.COM
Game Core:NOLF
aki_tan's Page

2007年4月29日 記
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